新居  

いつもありがとうございます。

新居はこちらです。
『言葉の花束』(リンク)
どうぞよろしくお願いします。

道明寺 史

# by doumyouji-fumi | 2012-01-24 21:11 | 日記

引越ししました。  

ブログ、気持ち新たに、引越しいたしました。

引越し先は、ここには記していきません。
書き手の端くれの端くれなら、文章は常にオープンにするべきなんだろうと思い、ずいぶん迷いました。
でもいまは、自分の心を少し守りながら書いてみることにしました。
いずれは、ここに記す日がくるかもしれませんが。
引越し先にも、ここのアドレスとはリンクさせないつもりです。

友人や、ここにリンクを貼らせていただいた方、メーリングリストでお世話になっている方、フェイスブックでお友達になった方には、年内には引越し先をメールでお知らせできればと思っています。
年賀に手書きでブログを紹介してた方には、年賀でお知らせます。
引越したといえども、まだダンボールが積まれた状態で、とても招待できる状態ではありません。が、楽しいブログにしようと思ってますので、ちょっと片付いたらお呼びします。
更新はのんびりペースになるかと思います。ときどき遊びにきていただけたら嬉しいです。

たまたまこのブログに辿りついて読者になってくださった方や、友達というほどではないけど時々訪問くださっていた方々。お知らせする方法がなくてすみません。
でも、ご縁があればきっと、簡単に見つけ出してくださることと思います。必死に隠れてませんし、見つけられたくないとも思ってませんので。
そのときは、またよろしくお願いします。

このブログは、残していきます。
毎回、けっこう本気で書いてました。
日々のネタを使いながら、飽きさせない文章になっているか、テーマは簡潔か、人々の普遍的な光にポイントが当たっているか、普遍的な心の闇に入り込むことができているかなど、一応、考えながら書いていました。
発散のためにブログを利用したくないなとは思っていました。それなら、自分のノートに書きなぐるほうが良さそうで。
でも振り返ってみると、なんだかんだと発散してるよなぁと感じます。
そんな文章に付き合ってくださって、感謝します。
言わなくていいことは書かないけど、書くときは正直に書き、嘘は書かないでいようと決めてました。
一度だけ、ある人を守るために嘘を書いたことがありました。でもそれは結局、消しました。
また、これを書いたら人が離れていくだろうなと覚悟しながら書いたこともありました。

ブログを休むと、雪ちゃんから「イヤダ」とメールが来ました。
そして次の日、彼女が書いたブログ『読むこと、書くこと』(リンク)が、私への励ましのようにも読めて、胸に染みました。
「わたしは書くとき、ひとりぼっちだ。わたしだけじゃなく、言葉を書く人はみんな、ひとりぼっちだ。だれにも共感されないかもしれない、だれもがそっぽを向くかもしれない、だれかを傷つけるかもしれない・・・・」と、彼女は語っていました。

大学時代の親友やメーリングリストの方々、読んでくださってる友人から暖かい言葉をいただきました。
それからフェイスブックで大学オケの同期と会い、挨拶のメールをすると、「ブログ楽しみにしてたのに」と返事が来ました。彼には年賀の端っこにメモ書きで紹介しただけだから、まさか読んでくれてるとは思っておらず。
本当にありがとうございます。
また、読者の方から届いた厳しい意見も、それこそ天からのアドバイスだと思って、真摯に受け止めたいと思います。

たかがブログ、されどブログですね。
「言葉」は人そのものだから。そのことを、忘れないでいますね。

もうすぐクリスマス、そして新年。
みなさま、良い年をお迎えください。

# by doumyouji-fumi | 2011-12-20 02:52 | 日記

ありがとうございました。  



しばらくの間、ブログをお休みいたします。
再開は未定です。

ご訪問くださった方々、本当にありがとうございました。
会ったときや、メールなどで「おもしろい」と言ってもらったり、辛いときに心から励ましてもらったり、皆さまのおかげで今日までブログ生活を楽しむことができました。
いろんな気付きもありました。
ブログを私に勧めてくださった方、ありがとうございました。

またお会いできる日を楽しみにしています。

私はこれからも、相変わらず、毎日何かをしていると思います。いろんな発見、感動をこの場で表現しないのが残念でもありますが、心にしっかり刻んでいこうと思っています。

友達と楽しいアロマ石鹸作り、ブラバン、読書、京都や奈良への散歩、ボーイスカウト、ポップスバンド。そして試練でもあり大好きな小説。
家族とギャグ飛ばしあいながら、過ごしていきます。

皆さまも、幸せにお過ごしください。
お祈りしています。


写真は、フェイスブック入会時にプロフィール画像に使ったもので、いまから四十年前のものです。
大阪市の千林の実家、昔の写真屋の前にて。


いまからカブスカウトのキャンプです。
行ってきます!


道明寺 史

# by doumyouji-fumi | 2011-11-26 12:07 | 日記

人生の宿題  

後輩がブログで、人生の宿題について書いていた。
人それぞれに、それぞれの宿題がある。課題を乗り越えるために、なんども試される出来事がある。これって、わたしも本当だと思う。

わたしの宿題ってなんだろう。二十代、三十代ではわからなった。でも、四十歳を過ぎてから見え始めた。
たくさんあるけども、中でも一番大きな宿題は、「許せない人を許す」ことなんだと思う。
克服するために読んだ本は、百冊を越えた。ここまでする変人、なかなかいないと思う。

このブログでいろいろなこと書いてきた。
心に引っかかってる人は一人だけだった。元彼でも女性でもなく。わたしとよく似た宿題を持つ、普通のおじさんのことだった。
相当似てるのだと思う。克服したくても、なかなか克服できない宿題が。
だから、大嫌いでもあるし、大好きでもあった。
そしてようやく、両方の気持ちが消えてきた。どんな顔だったかも、忘れてきた。

わたしはその人と違って言葉や性格がキツいものだから、かなり嫌な思いさせてしまったと思うし、わたし一人で喚いているようなものだった。
わたしには、大きな欠陥があるんだと思う。このブログにそれが現れてたと思う。
その欠陥を乗り越えるときが来たのだと思っているし、きっと、これから新しく素晴らしいことが始まるのだろうとも、予感している。
----

『良心の誤作動』という言葉がある。
心理学にもない言葉だけど、わたしが百冊読んでつかんだ、心理学用語だ。
別名『そ~れ見たことか病』という。

誰かを傷つけてしまったときは、ふつう良心の呵責が起きる。でも、良心の呵責を見つめると自分が崩れるのではないかと思い、怖くて目を逸らす。
「ちょっと悪いことしたな」と感じている自分を普通に認めれば、良心は落ち着く。でも、無理に隠しこんでしまうと、自分では気付かなくても、深層心理で良心が暴れだす。
自分の非を認めたくない気持ちが膨れ上がり、相手の非を見つけることで安心する。
それを、『良心の誤作動』、別名『そ~れ見たことか病』という。

『良心の誤作動』はいろんなところで起きるものなんだと思っている。
『相手の非を見つけることで安心する』というのが、人間の悲しいところだ。
いつも相手のことが気になり、優しそうに見えると『あれは嘘の姿だ、ほんとは悪いやつ』と思い、ちょっと失敗すると、『それ見たことか、やっぱりあいつは駄目なヤツだ』と思い、安心する。
『良心の誤作動』は、止まることがない。自分で気付き、手放さない限り。
相手のひとつひとつが気に食わなくなる。
たぶん、一緒にトイレに入っても、『小便なのにトイレットペーパーを多く使った、悪いヤツだ』と安心する、それぐらい難儀な心理なのだと思う。
ひどくなると、「相手が幸せになるなんて、とんでもない」というところまでいく。

いろんな人の人間関係を見てて、「しこりの残る関係」って、一番最初に自分の非を認めなかったからなんだと思う。
関係がこじれるときって、フィフティ・フィフティで悪いのはお互いさまのはずが、『自分は絶対悪くない』と頑なになってしまった人は、決して謝らない。出来事自体は、ほんのちょっとのことだったりするのに。
謝らないから、良心が暴走して、よけいに相手の非を見つけて安心する。そして、いつ相手が悪さをするか監視するようになる。『そ~れ見たことか。やっぱり自分の判断は間違っていなかった』と心で言いたいために。
良い人ほど顕著だ。たぶん、誰よりも「良心」があるからなんだと思う。誤作動すると大きい。

わたしもここ何年か、自分が『そ~れ見たことか病』になってないか自問してきた。すごく当てはまるし、乗り越えてきた部分もたくさんある。
でも、まだまだだ。ほんとに、まだまだ未熟だなと思う。
まずそこを受け入れて、先に進んでいくしかない。

ただ、今になって、はっきりとわかることは、
『良心の誤作動』を起こすと、人生をドブに捨てるような生き方になるけども、そこから抜け出すことに大きな意味があるということ。
それから、もともと『良心』という素敵なことから始まってるから、これから誤作動しないように気をつければ良いだけのこと。

男友達に「わたし、ブログでいろいろ書いてまうやろ。だから叩かれることがある」というと、「ブログ監視されてるんやな」と笑い飛ばされた。
もし監視してる気持ちで読んでる人がいれば、もう読むのやめてください。
それって、自分の人生をドブに捨てるようなものだと思うから。あなたの時間の無駄になるから。

直木三十五さんならどう言うだろうか。
「嫌われ方が、まだ甘い」
たぶん、そう言われそうだ。
小説家になる人の一つの条件に、「何か大きな欠陥のある人」という説がある。やっと大きな欠陥があると気付いた。目指すには、このままのほうがいいのかもしれない。でもあかんね。まともになって、目指す方法もきっとあると思う。
元編集長に、よく言われてきたのは、「あんたは、小説を書くには、まともすぎる」だった。
雪ちゃんに言われて心に深く残ったことは、
「わたしは史さんは決してキチガイじゃないと思う。でも、もしもキチガイだったとしても、いいじゃないですか」

心理カウンセラー衛藤先生のブログで、心にとまった言葉があった。
読んでつくづく思った。
わたしはたぶん、人を許すために生まれてきた。それがわたしの人生の宿題。

~愛を簡単には語れない~より

愛してくれたから愛する。愛してくれなかったから憎む。これは、とってもシンプルです。
動物と人間の違いは…
それは、動物は怒ったから噛んだ。好きだからシッポを振る。とっても本能に忠実でシンプルです。
許せない人を許す。恨みがある人に優しくする。それがどれだけ、難しいことであるか…
だから、それを人は愛と呼ぶのかもしれません。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-25 15:55 | 日記

復活  

フェイスブックを始めた。
先日のアカウントは完全に削除して、古い方のアカウントを復活させた。
本名で登録した。
友達がブログ代わりに投稿を始めたのを楽しませていただくのが目的で先日は始めたけど、古い方で読ませていただくことにした。
アカウントを復活させると、以前に『友達』で繋がった人もそのまま残ってたため、ひとまず友達解除にさせていただいた。その人たちにメールで連絡すべきところ、ここでの報告になってごめんなさい。

復活させた途端、知り合い紹介欄に、天使の写真がズラリと並んで驚いた。パソコン内のアドレスと照らし合わせて紹介される。古いアドレスはブラバン用に使ってるため、OBバンドの後輩たちやブラバンスタッフが、弾けるように輝き笑っていた。八ヶ月前にはいなかった。ここ最近で、若い子たちがのびのび使うようになったことを知った。
今ごろ、パソコンの向こうで、わたしのプロフィール写真に笑ってくれてるかもしれない。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-25 12:41 | 日記

エロのしきたり  

昨日は長男次男を連れて、スパワールドに行った。
夫は、中学校の同窓会の反省会、という名の飲み会。五十歳前になると、高校や中学同窓会で大忙しだ。
それで、三人でプールに入り、温泉に浸かって遊び、帰りにいつもの串屋『やまと屋』に入った。

これが次男坊の好きなカレーライス。300円。
懐かしい味がする。むかし、母が作ってくれた、あの味。

プールに行くと、息子たち二人は、いつになくエッチになる。たぶん、水着なんかに刺激されるからだろう。
串を食べながら、中学一年と小学四年のエロ話に付き合わされることになった。
次男がわたしの耳元で、
「おとうさんとおかあさん、あれ、したことあるの」と聞いてきた。
「なんのこと?」と答えると、「エス・イー・エックス」と大きな声で。店の人が振り返る。流行の歌ね、ほら、「ポイポイポイポポイノポイ」とわたしが適当にごまかしていると、長男が、「いまはしてない、むかしはしてたけど」と言った。
夫がここにいてくれれば、一緒に反撃に出られるのにと思った。

夫とわたしは、性格が正反対だけど、根本にまったく同じものが流れてる。もう一人の自分が、別の性格で、別の性で生まれてきたのではと思うときがあるほど。似ている。

子供の育て方も一致してて、滅多なことでは怒らないし、「勉強しろ」と一言も言わない。
でも、厳しいところがある。
エロ話のセンスが悪いと、わたしと夫は、やたら怒る。

センスの悪いエロ話というのは、ファ〇クやレ〇プなど、女子を侮辱する内容が含まれてる場合や、しょうもないオヤジギャグ。
「エッチな話するときは、ユーモアのセンスを良くしてくれな、聞きたくないねん」とわたしはズケズケ言う。

先日、みんなで回転寿司を食べに行った。
帰りの車で、夫が、「アサリの赤だし、美味かったなぁ」と言った。
すると長男がすかさず、
「えっ? あなるのなかだしって?」と聞いてきた。もちろん、わざと。
夫もわたしも、一瞬、絶句した。でも、肩が震えるほど笑えてきた。叱るべきなのだろうけど、面白すぎた。
「それ、ナイス」と二人して褒めちぎってしまった。

長男は家の中でエッチなことを言うが、外では言わないと思っていた。
でも、このあいだ、ボーイスカウトの女の子が、手伝いに来てる夫に苦情を言ったらしい。
「〇〇くん、エッチなこと言うねん、怒っといて」と。
夫は家に帰ってきて、
「おまえ、ボーイでエロいことばっかり言うなよ。〇〇ちゃんと〇〇ちゃんが怒ってたで。ええかげんにせぇよ」と怒った。
わたしは庇った。「しょっちゅう言ってるんじゃないよ。加減してるはずよ、〇〇は」
長男は最初は笑って聞き流していた。でも、わたしが心配したとおり、女の子に非難されたことが相当堪えたらしい。あぐらをかいたまま頭を下げて、体を曲げるという、すごい落ち込みの格好になった。
「〇〇、気にしなや。女の子に、いちおう、加減しながら考えて言ってるんやろ」と聞いてみた。長男はうなずき、「あたりまえや。俺もアホみたいに、エロエロばっかり言うかいな」と答えた。
「そしたら心配ないわ。女の子は、男の子がちょっとエッチなほうが好きなんやで」
いろいろと励ましてみたものの、その日、落ち込みから回復しなかった。

それからしばらく、家でもエロいことを言わなくなった。夫は「あいつも反省したんやろ」と言ってたが、わたしはちょっと残念だった。弾けるように、センスの良いエロを飛ばしてほしかった。
「最近は、エッチなこと言わへんね」と声をかけてみた。
すると長男は、意外にも、ニヤニヤした顔を作って頷いた。どうしたん、なにか嬉しいことあったのと聞いてみた。
「おかあさん、あのな。エロいこと言うの我慢してたらな、今度は夢にエロいことが出てくるようになってん。こっちのほうがええかもしれん。様子みてるねん」
あ、そうですか・・・。
開いた口がふさがらなかったけど、こうやって男の子は成長していくんだと思って嬉しくなった。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-24 15:41 | 日記

まるい飯店  

むかしむかし、阪神百貨店の裏に、『まるい飯店』というボロボロの中華料理屋があった。
高校生のとき、そこはブラバン部員の隠れ家だった。
環状線からも崩れそうな建物が見えてたような記憶があるが、それは夢だったのか。

昨夜、とつぜん、同期の男友達から
『今、ものすごく久しぶりに、まるい飯店に来てる。覚えてるか』とメールがきた。
わたしはすぐに、
『まるいまだあんのけ?』
と、興奮のため震える指で返信した。
すると、
『まるいまだあんのけって、どこの言葉や』って返ってきた。
東京に二十年も住んでたせいか、大阪勤務になっても大阪弁を忘れているらしい。


阪神百貨店裏には商業ビルが建ち、懐かしい店舗はとっくの昔になくなってるとのことだった。
でも、東通り商店街に進出してたようで、立派な看板の写真を送ってくれた。


あの頃、わたしと同期の男友達は、先輩に連れられて、阪神百貨店裏の店に行っていた。
隠れ家といっても、年に3~4回ほどの楽しみだった。

当時のわたしたちは、とにかくお金がなくて。でも、フェスティバルホールで大フィルの演奏を無料で聴ける手段があった。ブラバンの代表が、無料チケットを森之宮の青少年育成の会館までもらいにいってくれていた。
演奏会の日、部活を終えたあと、環状線の大阪駅で降りて、フェスティバルホールまで歩く途中で、わたしたちは『まるい飯店』に寄り、学割のきく名物『100円ラーメン』を食べた。
店に入ると靴を脱ぎ、油で滑りそうな狭い階段を登って、ダンボールが積まれた部屋で、100円ラーメンを啜った。
先輩たちは音楽通で、世界中の楽団や指揮者の名前をあげて、話し込んでいた。
わたしと同期は、そんな話を聞いているようで聞かず、つまらないギャグを飛ばしあっていた。

食べ終わるとわたしたちは、肥後橋のフェスティバルホールまで歩き、一番後ろの学生無料席で演奏を聴いた。
16歳で聴いた、チャイコフスキーの『悲愴』。
それまでクラシックを知らなかったわたしが、いまでもクラシックを楽しむのは、このときの感動が大きいからかもしれない。

演奏が終わると、ふたたび梅田まで歩いて帰った。
メンバーはみな京阪沿線に住んでいるので、淀屋橋まで歩けば、すんなり帰られる。
ところが、わざわざ大阪駅まで戻っていた。なぜかというと、定期券で帰られるからだった。

さまざまな思い出が蘇ってきて、わたしはメールで、
「あの頃は、たった100円のラーメンで、一万円ぐらいの幸せを感じてたよね」と言った。
「100円ラーメンが出てくる青春小説を書いてくれ」とリクエストメールが戻ってきた。
了解。いつか書いてみる。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-23 12:04 | 日記

七五三  


日曜日は朝からカブスカウトで、泊まり活動での料理レシピを子供たちと考えたり、包丁の使い方の練習をしたり、ドイツ料理(といっても、ポテトサラダとハムエッグ)にするからドイツ国旗を描いたりしてた。

神社の境内は、七五三の人たちが集まり始めた。




カブ活動を終えてから、七五三の人たちに、ボーイスカウト募集のチラシ配り。
みんな、生き生きと配ったけど、柱の影で佇んでいる男の子がいた。
どうしたのと聞くと、「渡そうとしても無視された」と答えた。
「気にせんと、配ってみ」と言って、一緒に回った。
たいていの人は受け取ってくれるけど、無視されることもあった。
そのたび、男の子たちは傷ついた顔をした。
でも良かった。これで将来、反対の立場になったときに、優しく受け取る大人になれるね。

七五三。
わたしも次男と、以前にお参りに来てた。
五年後に、ここでズボンで走り回ることになるとは、思っていなかった。


# by doumyouji-fumi | 2011-11-21 00:29 | 日記

残り香には福がある(2)  


残り香には福がある石鹸(その2)

夜にバイトから帰って、保温箱(生協の箱)から出してみると、石鹸の種はちょうど型入れの具合になっていた。
カスタードクリームみたいだ。



残り香(使用期限が近い、残り物のエッセンシャルオイル)は、7種類選んだ。

メモとして、ローズマリー40滴、ローズウッド30滴、ジュニパーベリー20滴、イランイラン、ラベンダー、プチグレイン、ゼラニウム各10滴ずつ。
合計130滴で、6.5cc。

ジュニパーやプチグレインが効いて、田んぼ道を歩いてるような気持ちになった。
泥と草の、優しい香りがする。


香りを入れたあと、シアバター大さじ1と、ピンククレイ大さじ2を混ぜた。

ピンククレイは定番になった。
桃色の泥。産地は調べてないけど、たぶん、ヒマラヤあたりかな。ヒマラヤの地中深くには、ピンクの水晶、ピンクの岩塩(最近はスーパーでも売ってる)があるから。
母なる大地の色。

このあいだシンフォニーに行ったとき、友人が織ってくれたサオリ織りのショールをしていた。
同席した作者に見ていただき、「史はやっぱりピンクが似合う」って言ってもらった。なぜかわからないけど、すごく嬉しかった。

ピンク、好きだ。子供みたいだと言われても、乙女ぶりっこの色と言われても。とくにこの石鹸みたいに、ストロベリーチーズケーキのような、ちょっと黄色味が入ったピンク色なんか、大好きだ。

こんな色を携帯電話に必死に探すけど、見つからない。
ピンクはいつもシルバーピンクばかり。種類が少ない。もっといろんな色、開発されたらいいのに。
この石鹸みたいな色だと、女性に爆発的に売れると思うのはわたしだけかな。



牛乳パックに入れて、タオルで巻いて、保温箱に。
発熱しながら石鹸になっていく。

石鹸友達にまた言われそうだ。
「生協の箱は、ちゃんと返しましょう」
内緒にしててね。

出来上がったら、友達に贈ります。残り香の福。



ローズマリー水が、200cc残った。
もとの清製水の入れ物に戻し、手作り化粧水を作った。

~アロマ手作り化粧水の作り方~
(200ccの化粧水を作る場合)

①グリセリン20ccに、好みのエッセンシャルオイル4滴入れて溶かす。
(柑橘系はお勧めしません)
②清製水180ccとカシャカシャ振って混ぜる。
③一~二週間で使い切る。
※さっぱり感が欲しい人は、エタノール20cc、グリセリン20cc。清製水160cc。

わたしはエタノールの代わりに強いウォッカ(スピリタス)を10cc。
そこにローズマリーを4滴溶かした。グリセリンはちょっと苦手で使わず。
最後にローズマリー水190ccと混ぜて作りました。

すごい気持ちいいです。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-20 14:47 | 日記

残り香には福がある(1)  


久しぶりに、一人で石鹸作り。(その1)

少しずつオイルが残ってて、消費期限が近いエッセンシャルオイルもあったから。
『残り香には福がある石鹸』を作ることにした。

レシピ、初めて自分で計算して作ってみた。
三十年ぶりの数学(笑)

水の量、苛性ソーダの量など。
いままで怖くて避けてたけど、やってみると楽しかった。



ローズマリーのハーブが残ってたので、水に入れてチンして、ローズマリー水を作ってみた。



フィルターで濾したローズマリー水を、必要分計る。242グラム。
残りは、化粧水にしようと思った。

手前にあるのは、次男坊の思いつきマンガの落書き。
台所には、あちこちにこんな紙が。



普段料理に使っている、エキストラバージンオリーブオイル。
石鹸には、ほんとは、バージンオイルより、ふつうのピュアオイルのほうがいいらしい。
そのほうが、酸化しにくいんだって。
面白いね。



オイルと苛性ソーダ水溶液を混ぜて40分。
水溶液にローズマリーのエキスが入ってるからか、愛らしい色になった。

ここで保温して寝かして、夕方のアルバイトに行った。

つづく

# by doumyouji-fumi | 2011-11-20 00:12 | 日記

横顔の女  

友達のリクエストにお応えして、いったん消した『横顔の女』をアップします。
読んでもらったのに、消してごめん。小説は、読んでもらったら最後、もう自分だけのものじゃなかった。

アップする前に。
「どうしてフェイスブックで偽名にしたの。本名じゃないと駄目なんじゃないの?」と聞かれたことがあった。
ちょっと事情があった。
なにも好きこのんで、偽名なんかにしない。
わたしの名前を見て、嫌な気持ちになる人がいるかもしれないし(私のことを思い出してほしくないというのもある)、もしかしたら間に挟まった紹介者に迷惑かかるかもしれない、だから偽名にしてた。
でも途中でバカバカしくなった。
他人に自分を消されることがあっても、自分で自分を消しちゃ駄目だって。それで写真を載せて、ここでも告知した。
ルールには、『なりすまし』は禁止されていた。実在する誰かに成りすまして交流するのが禁止されている。あたりまえよね。そして偽名(ペンネーム)はたしか、禁止ではなかった。
フェイスブック会社にしてみれば、偽名は運営の主旨からは離れているかもしれないけど。
参加者にとって、世界中の人と交流を結んだり、多くの人に自分を探してもらって仕事などに役立てたいというなら、本名はとても効果的だと思う。
でも、身近な人と交流したり、近況を報告しあうのだけが目的なら、本名のリスクを考えると、偽名やペンネームの選択肢もありかなと思う。
写真にしても、人が載せてるから自分も載せるではなくて、仮にでもいいから自分なりの理由を作っておかないと、なにかあったときに、自己責任の気持ちになりにくいかも。
大事なのは、なにかあったら困るではなくて、なにかあったときに、自分なりに納得できるかどうかだ。

と・・・、一日覗いただけで、こんなにえらそうなこと書いてるよ。だから叩かれるんだ。

退会したのも、ちょっと事情がある。単なる気まぐれじゃない。不可解な行為の裏には、たいてい、誰かの心を守ってることが多い。でもそれは、わたしだけじゃなく、みんなもそうなんよね。
守りあって譲り合って、人生いろいろだ。
いつかまた入らせていただくときは、別の交友関係の人から誘ってもらおうと思う。でも、その先にあるのは、たぶん英語版・・・(汗)


※追記
紹介なしで自由登録できるらしい。いつか気が向いたとき、ひとりぼっちで登録しよう。そのほうがわたしに合ってる気がする。

前置きが長くなったけど、『横顔の女』を掲載させていただきます。
たいした作品じゃないから、転載禁止なんてえらそうなこと言いません。けど、できたら、ここだけにしといてね。
そして、何度も言うけど、おとといの日記(リンク)に書いたように、実在のモデルはいません。
モデルがいるとしたら、全部わたしがモデルだから。
    
課題、「恐怖」をテーマにして原稿用紙三枚

『横顔の女』   道明寺 史

 会社からワンルームのアパートに帰り、ハイヒールを脱いだあと、シングルベッドに倒れこむ。あぁ疲れた。朝から遅くまでこき使われて、OLの仕事も楽じゃない。でも、もうすぐこんな生活も終わる。大学の時から付き合っている広志と結婚して、25歳を前に専業主婦になるのだ。
 ベッドから降りて、テーブルのパソコンの電源を入れた。インターネットに繋いで、いつものページを開く。『顔本』という大手のコミュニティサイト。会員になって一年になる。プロフィール画面の左側には、私の顔写真が載っている。丸い瞳をさらに大きくして、小首をかしげて困ったような顔を作っている。携帯で何枚も撮った中から選んだ自慢の顔。毎日のように送られてくる友達リクエストメールは、たいてい男の人だ。
 プロフィールに出身大学を入力しているため、同じ大学の同窓生から検索で見つけられて、友達になってくださいとリクエストメールがくる。こちらが承認すると、『友達』という関係になり、情報交換ができるようになる。どこそこのランチが美味しかったと私が書けば、誰かが『いいね』というコミュニケーションボタンを押してくれたり、感想を書いてくれる。男同士では仕事の情報を交換するらしいけど、私はこれで充分。今、ボーイフレンドは100人ほどいる。広志には内緒だ。実際に会っているわけでもないし、別にいいよね。
 リンとパソコンが鳴った。メールが届いたようだ。メールマークをクリックしてみる。
《僕と友達になってください》
 添付の顔写真を見る。なかなかかっこいい。すぐに承認ボタンを押す。
 元のページに戻り、画面右側を見た。そこには、『あなたの知り合いでは』と言葉が表示され、その下に数枚の写真が並んでいる。『友達』の友達が私に紹介されているのだ。大学時代の知った顔もあった。『もっと見る』の言葉をクリックする。さらに男女の写真が増えた。
 誰もがとびきりの笑顔を作っている中に、一人だけ横を向いている女がいた。肩までの黒い髪が頬にかかり表情はよく見えないが、その横顔に見覚えがあった。広志の以前の彼女だ。
 大学三年のときから広志は彼女と付き合っていた。卒業が近いときに私が広志を好きになり、別れてもらった。彼女の嫉妬深そうな性格を怖れて、私と広志が付き合っていることは秘密にしていた。もうすぐ結婚することも、たぶん知られていないだろう。が、私のページに彼女の写真が載るということは、彼女のページにも私が紹介されているということだ。ブロック機能ボタンを押した。紹介欄から横顔が消える。これで私の顔写真も相手に見られない。嫌なヤツはボタン一つで関係が切れる。ふふ、便利なものね。
 一人を画面から消すと、紹介欄に新しく一人追加された。また横顔の彼女だった。先の写真より、わずかにこちらを向いている。すぐに消した。自動的に追加される。斜めこちらに向いた彼女の写真。片方の目が見えていた。強くクリックして写真を消した。また追加された。向こう側の目も見えて、視線は私をしっかり捕らえていた。カタカタカタと小刻みにマウスをクリックする。画面が固まって消えてくれない。
 リンとパソコンが鳴る。メールが届いた。震える手でメールマークをクリックする。
《私と友達になってください》
 添付の顔写真の彼女が、真正面を向いて笑っていた。


# by doumyouji-fumi | 2011-11-18 16:15 | 日記

幸せのコロコロ石  


昨日、大和西大寺駅前の近鉄百貨店まで、高校の13年先輩の貴志勉さん(右にリンク)の展覧会に行ってきた。
ここしばらくバタバタしてたものだから、メーリングリストも走り読みしてて、慌てて『まだしてますか』と聞くと水曜日まで。間に合った。

大和西大寺までは大抵、難波や鶴橋から近鉄奈良線に乗っていくけど、わたしのように大阪の南に住む者は、奈良の橿原神宮前まで南下してから近鉄京都線で北に上がっていく。
橿原神宮前から大和西大寺までのまほろばの景色が、これぞ大和という感じの大らかさで、感動してぼ~っと眺めてた。京都もいいけど、奈良もいい。
けど、ぜんぜん着かないの。朝からぼんやりしてたから、急行に乗るの忘れてた。そりゃ着かないわ。奈良はでかい。

やっと着いてみると、貴志さんに「閉館まであと二十分やで」と笑われた。なんも調べんと来たやろって。そのとおり。


これはペーパーウエイト。振ると、コロコロと可愛い音が鳴る。中に丸い焼き物が入ってるんだって。
大きなお皿も、振ると可愛い音が。誰が皿を振って食べるねん(笑)。
だからこそ素敵。

土しか使ってないのに、銀の鈴みたいな音がする。
いままで聞いたことない音なのに、懐かしい。心がほっこり休まる音。

それで、ペーパーウエイトを買った。
手の中に可愛く入る。コロコロ鳴る石。



貴志さんの作品には、いつも、ピースサインが入ってる。
この模様の中にも、ひとつだけ、わからないようにピースサインが入ってるよ。(一番下のほう)
このピースサイン、すごく好き。
貴志さんのピースは、信じられる。


平和とかをネット上で唱える人って苦手だった。行いと言ってることが逆だから。わたしも人のこと言えない。
「正義」という名のもとに人を懲らしめる。することは子供の仲間はずれと同じ。人間関係にボタン一つでブロックかけて邪魔者を避ける。みんな平和のため平和のため。
外された人の気持ちなんて、想像できないんだろう。たぶん、そんな経験がないのかもしれない。経験してたら、まずできないよ、人の心を持ってたら。
いろいろな気持ちがあるんだろうけど、なんか、ちっちゃくて、しょぼい。もっと大きくなってよ。ほんとは大きいのに、ちっちゃくまとまってどうするよ。
でも、きっとそれが「人間」なんだね。わたしも含めて。

ただ、ときどき、貴志さんみたいに生き方とか生命力そのものがピースサインの人がいる。
本人は気づいてられないと思うし、そういう人って、枠からはみ出してる。文学学校の夏当先生も、他のMLの人たちも、似た者同士が寄るのか、はみだしてる。自由な母校にさえも、収まらなかった。真っ直ぐすぎて。
だからわたしは、貴志さんのピースサインが好きなんだ。

「マンションに一人で住んでるお年寄りが、これを持って振ると、なんでか寂しくなくなるんだと」と、貴志さんが言うので、このコロコロ石に決めた。
「じゃ、これにする。わたしも寂しいから」
すると、「何が寂しいねん。幸せ太りしてるのに」と言われた。
ほんとだ。幸せ太りしてるよね。自分では、なかなか気づかなかった。

夜、枕元において、ときどきコロコロと音を鳴らした。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-17 16:03 | 日記

直木さんと過ごした日  

希望(リンク)

昨日真夜中に、短編小説をアップしたけど、読んでしまった人いるかも。
朝になって消そうと思ってカウント見たら、真夜中のうちに10人増えていた。
怖かったかも。ごめんなさい。

文学学校の文集作品の締め切りが昨日で、『恐怖』をテーマにした原稿用紙三枚の作品。
某コミュニティサイトで起きるかもしれない恐怖を書いてみた。
消した理由は、「もしやモデルがいるのでは」と誤解されると、人に迷惑かかるので。
モデルはいない。ぜんぶ創作だ。

題名は『横顔の女』だった。
簡単に紹介すると、主人公は毎日コミュニティサイトを楽しんでいる、軽めのOLの女の子。自慢のプロフィール写真を載せていて、毎日のように男の人から友達リクエストがきて、ネット上のボーイフレンドが百人いる。
彼女は、嫌いな人には簡単にブロックをかけて、ボタン一つで縁を切ることができる。
ある日、友達の友達紹介欄に、横顔の女が載っていた。
見覚えのあるその女は、自分にとって都合の悪い女。ブロックをかけて削除するが、削除しても、何度でも紹介欄に載ってくる。そして横顔だったのが、一枚一枚と、徐々にこちらを向き始める。そして・・・。
・・・という話だった。
書きながら、怖くて震え上がった。
自分で言うのもなんだけど、むちゃくちゃ怖くて面白い作品だった。
でもこれがもし、誰がモデル?なんて思われたら、大変なことになる。

創作の方法ばらすのは苦手だが、実はわたしはモデルを使うようで上手く使えない。
だから、人間のいろんな要素を入れた人物を創作して、その中に自分が入り込む。モデルがいるとしたら、全部わたしがモデルだ。
軽い女も、横顔の女も、たとえば男だったとしても、全部そこにわたしが入ってる。そうでないと描けない。頭の回路が開かないのだ。

というわけで、内容が強烈なこともあってブログから削除した。

「そんなことで消すなよ」って、文学学校の雪ちゃんに怒られそうだ。
小説家は誤解されてなんぼ、嫌われてなんぼの世界。それを怖がってたら、小説なんて書けないよって。

ブログを書くようになってから、激しいことを書くので嫌われることがある。というか、ブログ以前に、ネットやメールで文章を書くようになってから、初めて嫌われる経験をした。
ブラバンでの人間関係は、三十年ずっと続いてる間、一度も嫌われたことがない。PTAでも、文学学校でも、ネットなしの現実的な付き合いでは、ぜんぜん嫌われたことがない。
もちろん、自分の知らないところで嫌われてることはあるかもしれないけど。
だから、実際、嫌われるのは痛かった。今では、かなり平気になったものの。
ネットさえなければ、こんな辛い思いすることもないのにと思うときがあった。
ネットさえなければ、友達と離れたりすることはなかったのにと。でも、それはネットで出会った友達だから、ネットがなければ出会うこともなかったね。

言葉がきっと足りなかった。あるいは、余分なものが多すぎた。
伝わりにくい分、思いやりを普段の何倍もこめなければならないところ、邪険に扱った。誤解したまま、どうしようもなくなった。
嫌な思いをさせてしまった人へ。傷つけてしまった人へ。
ごめんなさい。
------

小説を書き始めた頃、ある本で、『小説家になりたいと思ったら、まず、友人関係を全部切れ』と書いてあった。『理由は、小説を書いていたらわかる』とも。
いま、なんとなくわかる。
誰をモデルにしてなくても、登場人物は誰にでも当てはまる。これは私のこと?僕のこと?と誤解されるようになる。いくら違うと言っても、わかってもらえないだろう。
だから、誤解されてなんぼ、嫌われてなんぼの世界。それでも「書き続ける」ということだ。

嫌われてる情報が耳に入るとき、「小説を書けということね」と思うようになった。嫌われることに慣れろと。
------

作品『横顔の女』は、無事、文学学校に届けた。
文集に収められる。わたしの孫あたりが読んで、ばあさん面白いって笑ってもらえたら嬉しい。
プロになったら短編集に入れる。プロになるには来世になるかもしれないけど、できるだけ今世で読んでもらえるよう、頑張る。


文学学校の帰りに、久しぶりに、直木さんに会いたくなって。

谷町六丁目の南出口を出たところに、こんな坂道がある。
ずっと降りていき、右(北)に曲がる。



ちょっと歩くと右手に、こんな素敵な建物が。
二階に、「直木三十五記念館」がある。
去年、同窓会報の人物評伝を書くとき、よく通ってた。



部屋に入ると、写真の直木さんが、「よう、久しぶり」と言ってくれた気がした。
途端に泣けてきた。



「おいおい、どうした」と聞こえた気がした。
この部屋は、隣の古本屋で代金を払って入ると、もう誰も入ってこない。
畳の静かな部屋。何時間いてもいい。
だから、泣きたいときは、ここに来るといい。みんなから忘れられた直木さんだけが、見守ってくれている。



歴代の直木賞作品がずらり。
これからちゃんと読み込んでいきたい。新人賞をとるためには、直木賞作品ぐらいのレベルが必要な気がしてる。
メモ帳を出して、読もうと思う本をメモした。




これ、ブラバンの先輩がわたしに勧めてくれた本だ。タイプが似てるからと。
ロックバンドの話だと思う。「でんでけでけでけ」は、ギターの音。楽しい題名。



藤本義一さんの、『鬼の詩』。これも読んでみたい。

一時間から二時間、過ごしてた。

直木さんは、「直木賞」という名誉を世に残したけど、本人は、これから書きたいことがいっぱいだった。
最初は、いまの芸人レポーターみたいにふざけてた。匿名で面白いコラムや風刺を書いた。好かれかたも、嫌われかたも、私の比じゃない。
時代小説をやっと書いて遅咲きデビュー。ほかにSFものも書こうと思ったが、若くして亡くなった。

直木さんに、「頑張れよ」と声をかけてもらい、部屋をあとにした。



帰りは松屋町のチョコレイト専門店『エクチュア』で、お酒入りチョコを飲んだ。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-16 02:48 | 日記

入ってすぐ出た  

一日だけ、フェイスブックに入らせていただいた。
でも、もう退会した。
招待してくれて、フェイスブック中での『友達』になってくれて、本当に嬉しかったです。ありがとう。そしてもう、退会だなんて。ごめんね。
いろんな活躍を、ネット上で応援することができず、ごめんなさい。
でも、いままでと同じく、これからも現実に会って応援します。年に三回ぐらいしか会えないかもしれないけど、かけがえのない人たちと、かけがえのない時間を積み重ねていきたい。
過去でもなく、未来でもなく、今このときに、どんなときにも支えてくれる本当の友達を大事にしたいし、守っていきたいと思ってる。

フェイスブックの中で、久しぶりに写真を見ることができた人もいて、元気そうで嬉しかった。
これからも元気でいてください。

一日だけ祖母の名前を借りて、面白かった。父が三歳のときに亡くなった優しいおばあちゃん、わたしは会えたことのない天国のおばあちゃん、楽しんでくれたかな。ドキドキしたかな。

それにしても、入ってすぐ出た。
演奏会前にPTAの友達が、すごく出てお腹がへっこむよと勧めてくれた『すらっと宣言』という便通サプリ。
便秘したことないのに飲んでみて、すぐ出たときみたいに、すぐ出た。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-15 09:44 | 日記

気持ち良かった  


昨日、無事シンフォニーホールでの本番ができた。
高校生と一緒に演奏して歌うの、本当に気持ち良かった。
客席から温かい、感動の気持ちがすごく伝わってきて。涙をぬぐう人が見えて。
「ブラボー!」のかけ声、嬉しかった。
聴いてもらったというより、かけがえのない時間を、会場の人たちで共有してる気がした。




楽屋で出番を待っていたトランペット。
シンフォニー、久しぶり。

舞台に出ると、やっぱり足が震えた。
ラッパはみんな立って吹くことに。震えてるから困った。

いちおう、ちょっと痩せて出演した。
もうあきらめてたけど、友人が「当日ぎりぎりまで痩せろよ」って言ってくれたから、二週間で三キロか四キロは減ったと思う。
おかげで、スーツのボタンは余裕で止まるようになった。
シンフォニーでボタン弾けてたら、しゃれにならないところだった(笑)
あとで友人から、高校生と並んでも違和感なかったと言ってもらえた。やった!激しくガッツポーズ。

帰りはブラバンの先輩や、母校の友人たちとランチに。
スパゲティ、ものすごく美味しかった。
化粧も剥げたまま。楽器吹き終わったまま口紅を塗るのも忘れてた。ダイエット終わってやれやれと喜んで、ばくばく食べて、昼間からビールを飲んだ。
色気なくてごめん。
気が楽な友人というのは、ほんとに楽しい。私は幸せ者だと思う。



イベントが大きすぎたせいか、帰りは、むしょうに寂しくなった。
やばいぐらい。
早く家で待ってる子供に会いたいと思った。早く早くと。
そして、帰ったら会える普通のことに、いまさらながら深く感謝した。

空がすごい赤だった。携帯カメラに実際の色が入らない。
いままでと違う。なにかが変わった。
なにはともあれ、空の色がものすごく綺麗になった。


今日、ランチした友人からメールが届いた。
「ボタンのためとは言わず、ダイエット続けてください」とのこと。
了解しやした。もうあまり食べ物が胃に入らなくなったから、たぶんいける。
めざせマイナス10キロ。

さぁ、今日からしばらく小説モードに、頭の経路を切り替えます。

# by doumyouji-fumi | 2011-11-13 22:19 | 日記

< 前のページ 次のページ >